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学校選択制におけるマスコミ批判について

より良い学校選択制を目指して | 仮想制度研究所 VCASI

この記事を読んで、マスコミを批判する著者の挙げる例題に、若干の違和感を覚えました。
つまり、マスコミが批判している格差と、著者の挙げる格差には、既に「視点」に格差があるのではと。

2000年から始まった学校選択制について、学校を選択できる選択の自由度を生徒や保護者からは賞賛されているようですが、一部マスコミから「選択の自由度が広すぎる」、つまり過度な競争社会を危惧する警告が発せられているとのこと。

そして著者の安田氏は、学校選択を市場競争と呼び、生徒数の差を格差に置き換えてしまっているマスコミを批判しています。

その、マスコミのミスリーディングを「機内食の肉と魚の選択」になぞらえて説明しています。

いま仮にこの機内食の選択ができなくなり、偶数列の席は肉料理・奇数列の席は魚料理、といった形で座席番号に応じてメニューが固定されてしまったとしたらどうだろう?

(中略)

たまたま奇数番号に座ってしまったが故に嫌いな魚料理を食べることになってしまう、といった不幸な乗客が出てきてもおかしくない。乗客ごとの好みに基づいて食べたいメニューをサービスする、というのは多くの人が賛成する望ましい選択方法だと言えるだろう。

(中略)

一方、学校選択制が導入されると、各学生は住んでいる場所に縛られずに本当に行きたい学校を選ぶことができるようになる。これは、座席に関係なく好きなメ
ニューを選べる現在の機内食サービスに対応している。自由にメニューを選ぶことができるため、乗客の年齢層などに応じて肉料理と魚料理の人気に差が出てく
ることはあるかもしれないが、そうした選択人数の差を“格差”と言って問題視する人はいない。「今日の乗客は肉料理ばかり選んでけしからん。こんな格差を
生むようなメニュー選択はやめるべきだ!」などという批判が的外れであることは明らかだろう。

確かに、機内食の選択が出来ない場合から始まって、出来るようになったという場合には選択の自由が増えて、賞賛されそうです。

マスコミへの批判の理由は、
肉料理の人気と魚料理の人気に差が出てくる」ことを格差だなんていう人はいるわけがない、もし、これを格差としても、メニュー選択をやめるべきだ!という批判は的外れだ。

ということですが、違和感があるのが、

マスコミは学校選択が市場競争となり、格差が生まれると言っていますが、この格差は「学校運営に格差」が生まれるということです。生徒数が多い学校、少ない学校が歴然としてしまい、学校運営が危ぶまれる学校が生まれてしまうということ。

機内食の議論であてはめると、肉や魚を供給する納入業者に格差が生まれるはずです。
当然、乗客や航空会社にしてみれば、どちらの人気であろうと関係ないので、当然問題視するわけがないです。

格差批判、つまり格差をなくしたいのは学校運営であり、機内食の議論でいうところの納入業者なのです。

当然、メニューの選択は経済厚生を高めます。学校選択も経済厚生を高めます。
しかし、批判の的となっているのが、誰なのか。

マスコミは学校選択では、生徒でも保護者の観点ではなく、学校運営の視点で批判しており、ここに影響が出て、結局のところ生徒にも影響が出てしまうんだという議論です。

著者はメニュー選択で、乗客や航空会社の目線で批判していますが、本来は納入業者の視点で話すことが学校選択の同じ土俵の議論になると思います。納入業者が一定量の納品量(食事量)を提供できないと、危ぶまれるため、よいサービスを継続的に提供できなくなる。という話になると思います。
(ま、大前提として、メニュー非選択→選択という流れであればですが。)

と、この記事を読んで、「批判が間違っている」という根拠を、著者は「メニュー選択」という例題をあげて説明していましたが、批判対象の目線がマスコミと著者では異なっていると思いました。

でも、この方のブログは非常に勉強になるので、要チェックです。

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