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【論説】岩井克人「会社は必ずしも株主のものではない」

岩井克人教授の法人論を垣間見る

著書「会社はだれのものか」「会社はこれからどうなるのか」では、「必ずしも株主のものではない」と主張している。

「会社は株主のものでしかないと主張している人は、街角の八百屋のような個人企業・家族企業と、会社・法人企業とをごっちゃにしている。八百屋は、 企業活動に使われているすべてのもの、店先のリンゴやナシ、配達に使う自転車、持ち家なら店、それら全部のオーナーだ。店のリンゴを自分で食べても許され る」

「しかし、例えば、村上ファンドが阪神電気鉄道の大株主でも、(話を分かりやすくするために、阪神百貨店を阪神電鉄の一事業部門と仮定すると)阪 神百貨店で売っているリンゴやナシを『会社は株主のものだ』と食べたら窃盗だ。法律上、会社の財産の所有者は会社。阪神百貨店の建物、リンゴやナシは、株 主のものではなくて、阪神電鉄のものだ。契約を結ぶ時は、株主ではなくて阪神電鉄と結ぶ。訴えられる場合、株主でなく阪神電鉄が訴えられる」

すると、株主とはどういう存在か。

「会社という法人は、ヒトとモノの両方の要素を持つ。会社はヒトとして財産を所有し、契約を結び、他人の法人を訴える。一方、モノとしての会社は株式のことで、株主が所有する。会社は2階建ての構造で、株主が会社をモノとして所有し、会社がヒトとして会社財産を所有する」

「例えば、八百屋が信用金庫から借金をして倒産すると、信金は店先の果物だけでなく、個人の持ち家や財産も差し押さえる。これに対し、会社が倒産した時に銀行が差し押さえできるのは、会社財産だけで、株主の財産には手を付けられない。だから、自由に安心して投資できる」

実際は、株主の声が大きくなっているのでは。

「それは逆だ。20世紀後半までの産業資本主義の時代には、例えば、良い造船所を持っている造船会社に投資すれば、利益を得られた。造船所や工場が利益の源泉で、それを持つためのお金を提供する株主が威張っていられた」

「ところが、常に技術革新が行われ、新製品を出さなくては差別化できないポスト産業資本主義の時代に入り、違いを生み出せる人が利益の源泉となった。株主主権論をあまり強硬に主張すると、金の卵である人が逃げる可能性があり、会社の利益にならない」

ライブドアとフジテレビジョン、村上ファンドと阪神電鉄、楽天とTBSの対立をどう見るか。

「フジテレビやTBSはメディアで、情報を提供する会社だ。阪神電鉄は(子会社の)阪神タイガースに選手やファンがいる。いずれも人が重要だ。ポスト産 業資本主義時代の会社買収は、人の組織を買うのに近いから、買収側が悪名を持って乗り込むと、買収される会社の従業員やファンが離れてしまう。買収側がき ちんとしたビジョン(将来展望)を出せば、従業員もやる気を出す」

人を大切にする経営は、どうすれば実現する。

「日本的経営は、株主の力を弱めて、人(従業員)をある程度重視する仕組みを作って来た。そのままは使えないが、人がやる気を出して創意工夫し、アイデ アを出す環境をいかに作るかが重要だ。会社が必ずしも利益追求でなく、ビジョンを持って良いことをしている、社会的使命を持っているという意識が、良い人 を集め、成功につながる」

読売新聞 2005年11月7日から抜粋

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